代表的な内務省委託本

約2,300冊の内務省委託本の中から、検閲官のコメントに特徴のある資料など、代表的な6冊をご紹介します。

下記の資料名をクリックすると「内務省委託本検索システム」のページに移動し、資料の書誌情報と検閲の痕跡が遺るページの画像をご覧になれます。(画像をクリックすると拡大画像が表示されます。)

 

不盡想望(石川三四郎∥著、書物展望社、1935.12.18発行)

社会主義運動家(アナーキスト)・石川三四郎による論考集。見返しに、検閲官2名のコメントが遺されています。本文では「マルクス」「プロレタリア」といった単語がみられる部分を始め、多数の傍線が引かれています。赤い色鉛筆は最初に読んだ検閲官、青鉛筆は次に読んだ検閲官によるものと考えられています。

最初の検閲官が「気になる表現が何箇所かあるが、近年雑誌に掲載されたものの再録なので、問題なしと考えてもよろしいか」といった旨を記し、次の検閲官が「問題なしとしてよいと考える」と記しており、上官の印はそれの承認を意味しています。「安寧秩序紊乱」の「共産主義、無政府主義等の理論乃至戦略、戦術を宣伝し、若は其の運動実行を扇動し、又は此の種の革命団体を支持する事項」などに抵触するかどうか検討されたようです。

 

甲斐叢書 第八巻(甲斐叢書刊行會∥編、甲斐叢書刊行會、1935.9.20発行)

『甲斐叢書』は、甲斐地方の歴史的な文書類をまとめたもの。最初の検閲官が「天皇称号の間違いあれど、歴史古文書なれば支障なしと思われる」といった旨を記し、次の検閲官が「問題なしとしてよいと考える」と記しており、上官の印はそれの承認を意味しています。「安寧秩序紊乱」の「皇室の尊厳を冒涜する事項」に抵触するかどうか検討されたようです。

 

随想録(高橋是清∥著、上塚司∥編、千倉書房、1936.3.29発行)

『随想録』は、二・二六事件で暗殺された政治家・高橋是清の遺作。見返しに遺る検閲官のコメントは、「内容ニ支障ナシ」や「不問」などの事務的なコメントが多い中で、文字数が多い部類に入ります。しかし、書籍の内容に問題があったわけではないようで、「処生上座右の銘として価値あるものと思料さる」といった感想に近いコメントが見返しに遺されています。

このような検閲官の肉声が伝わってくるような内容は非常に珍しいものです。発売頒布禁止処分を受けた本ではあり得ないコメントであり、「内務省委託本」ならではと言うことが出来るでしょう。詳しくは、「内務省委託本調査レポート2号:高橋是清『随想録』」をご覧ください。

 

社會診察録(安田徳太郎∥著、サイレン社、1936.1.22発行)

安田徳太郎は、医師で社会運動家。この本は、内容が禁止処分にあたりそうだと考えた出版社が、内務省に納本前に相談した結果、ギリギリのところで許可を得られた、と安田の回想録に記されています。納本後、検閲官は出版許可を決裁するため、「内容が支障ない」ことを細かく説明する必要があったようです。見返しに大量のコメントが遺されているのは、そういった事情を反映しているのでしょう。

千代田図書館の内務省委託本の中では、コメントの文字数が最も多い本です。詳しくは「千代田図書館蔵内務省委託本&出版検閲コレクション」をご覧ください。コメントの口語訳(全文)も掲載されています。

また、問題となった箇所、内閲(内務省への事前の相談)、微かな検閲の痕跡(検閲官がのこした独特の折り目跡)などの詳細については、「内務省委託本調査レポート10号:安田徳太郎著『社会診察録』の検閲をめぐって」をご覧ください。

 

警察醫學大系(學術法政研究會∥編、學術法政研究會、1930.5.25発行)

「風俗壊乱」の「猥褻なる事項」で問題となったようで、男女の性器の構造や機能、性交や性的快感に関する部分に傍線が遺されていますが、発行が認められました。この本は、法医学を学ぶ現場の警察官のために刊行された非売品で、警察官や関係者に配布するなど読者の範囲が限定的であろう点が考慮されたのでしょう。詳しくは「内務省委託本調査レポート5号:医学書の検閲」をご覧ください。

 

京阪神市塲人物誌(瀬尾竹雄∥[編]、中央市塲新聞社出版部、1931.9.20発行)

この本に遺る検閲の痕跡は、見返しに捺された「内務省印」と「検閲官印」のみです。検閲官のコメントや、本文に引かれた赤鉛筆・青鉛筆による傍線のイメージが強いですが、千代田図書館の内務省委託本のうち、コメントや傍線が遺されているものは全体の15%程度です。2300冊のうちの多くはこのような痕跡の少ない本であり、そういった意味では「代表的な内務省委託本」と言えるでしょう。