| 内田嘉吉文庫のご案内 |
| 内田嘉吉氏(うちだ・かきち、1866〜1933)は、逓信官僚として日本の海事関係に関する法律の整備などに尽力し、また台湾総督も務め植民地行政に携わりました。後には貴族院議員や私立東京商業学校校長を務め、学校教育・社会教育の分野でも実績を残しました。内田嘉吉文庫は、内田氏の蔵書約16,000冊を、氏の没後、昭和9年に当時の東京市立駿河台図書館(千代田図書館の前身)が受託したもので、平成23年11月、日比谷図書文化館4階、特別研究室に移転しました。特別研究室では、内田嘉吉文庫を自由に手にとって閲覧や研究にお使いいただけます。 | ![]() |
| 内田嘉吉文庫は外国語図書が70%以上を占めているほか、内田氏の仕事柄東洋交通関係の古刊書が豊富なことが、この文庫の特徴の一つです。そのなかでも有名なものとしては、中世末〜16世紀の古地誌と航海誌を網羅する大叢書として世界的評価を得ている「ハクルート協会」発行の叢書のうち、第1期刊行の100冊のほとんどを備えているところは世界的にも少なく、研究資料としての意義が高いと考えられます。 |
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蔵書約16,000冊のうち、「内田嘉吉文庫稀覯書集覧」に掲載されている初版本や限定本、古書等の貴重な資料約600点をオンラインデータベース化しており、『内田嘉吉文庫稀覯書集覧検索システム』で調べることができます。 ※内田嘉吉文庫は日比谷図書文化館へ移管されました。 |
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※内田嘉吉文庫の閲覧には、事前の申請が必要です。くわしくは、図書館までお問い合わせください。 ※劣化や整理作業などによりご希望に添えない場合がありますが、あらかじめご了承ください。 |
| 内田嘉吉の略歴 |
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略歴 慶應2年10月12日 東京神田に生まれる 明治17年 東京外國語学校独逸語科 卒業 明治24年 帝國大学法律学科 卒業 逓信省に奉じる 石島リン子と結婚 明治34年 逓信省管船局長に任ぜられる 明治43年 台湾総督府民政長官に轉任するまで、主として海事行政に携わる 大正6年 逓信次官に任ぜられる 大正7年 逓信次官退官、貴族院議員に勅撰 大正8年 市立東京商業学校長に就任 大正12年 台湾総督に任ぜられる 大正13年 海事研究会会長就任 台湾総督退官 日本電信電話株式会社取締役社長に就任 昭和2年 水上協会会長就任 日本海員掖濟会理事長に就任 昭和8年 1月3日没(享年68歳) 叙正三位 |
| 「内田嘉吉文庫設立並に同文庫稀覯書解題編纂に就て」(『内田嘉吉文庫稀覯書集覧』より) |
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故内田嘉吉君は多年政治、産業、教育及社會事業を始めとし國際關係各方面に活躍せられ邦家に貢獻せられたる處寔に偉大なるものあり。昭和八年四月十二日同君百ヶ日に當り日本工業倶樂部に於て追悼會を催したる際中松盛雄君より記念事業を興し其の功績を永久に記念せんとの計畫を發表、贊同を求めたる處、忽ち滿堂の贊成を得、岩原謙三、大橋八郎、若宮貞夫、横河民輔、高木友枝、武智直道、相場半治、中松盛雄、黒川新次郎、藤山雷太、淺野總一郎、水野錬太郎、下村宏の諸君を準備委員に擧げ計畫の實現に着手せり。
次で貳百四拾九名の發起人及發起人中二十三名の實行委員を定め資金を募集したる處約半歳の間に壹萬數千圓の醵金を得たるを以て記念事業の選定に就き種々協議の結果、故人生前蒐集せられたる多數の稀書珍籍を以て文庫を設立し永く之を保存すると共に世に公開するは記念事業として最も意義ありとなし之を御遺族に詢りたるところ快諾を得たるにつき東京市長の認可を經て東京市立駿河臺圖書館に藏書全部を寄託し「内田嘉吉文庫」を設立することに決し之が實行は一切を日本無線電信株式會社内實行委員に委託することゝなれり。 仍て専門家、彌吉光長君及補助諸員を囑託し昭和九年四月より整理に着手し爾來二ヶ年有半。茲に其の整理を完了し圖書目録を編纂の上本文庫を世に公にすることを得たり。而して文庫藏むるところの約壹萬五千册中より興味多き稀覯書數百册を選び解題を附し斯道の權威文學博士幸田成友君の校閲を經、之に内田嘉吉君略傳及年譜を録し「内田嘉吉文庫稀覯書解題」と題して印刷し本事業に贊助せられたる七百有餘氏に頒ち併せて全國著名圖書館に寄贈することゝせり。 斯くして當初計畫せられたる本記念事業は關係團體並に各位の熱誠なる御後援により其の完成を見るに至りたるは甚だ欣幸とする所なり。尚終りに臨み本事業達成に關し特に盡力せられたる前日比谷圖書館頭今澤慈海君、駿河臺圖書館長波多野賢一君並に本書に序文を寄せられ且親しく校閲の勞を執られたる幸田成友君に對し茲に深甚の謝意を表す。 |
昭和十一年十二月 故内田嘉吉氏記念事業實行委員 [委員名略] |